2012年1月14日土曜日

吉祥寺・東小金井

眠りが深かったのか夢は見なかった。9時頃起床し、芦田君宅を辞す。別れ際、芦田君に「ではのちほど」と言われたけど、何の事か分からなかった。

一旦新宿へ移動してユニオンへ。XTCのブートLP「World War Three」やsakanaのLP「洗濯女」など、欲しいものはあるのだが、どうもレコードに金を使う意欲が湧かない(もちろんあまり金が無いということもあるけど)。さっさと吉祥寺へ移動。お茶する約束をしていた大谷君に電話して待ち合わせの段取りをつける。適当な店で適当な食事。

午後に大谷君と合流。古くからあるような喫茶店がいいと言うと、「こっちの方にあると思いますよ」と大谷君が主張する方面をブラブラ歩くが、一向にいい感じの喫茶店は見つからず、シュッとした感じのカフェばかりが目に入り面白くない。その代わり、ナツが好きそうな古い絵皿や小皿を売っている店を発見したので、お土産に少し買う。

「マンダラのあたりの方が古い店があるんじゃないか」という事になり行ってみると、マンダラと同じ並びに、正しくいい感じの喫茶店「紅珠苑」を発見する。ステンドグラス風のモチーフの柄がガラス戸にプリントされていたり、壁に取り付けられた照明のカバーもステンド風だったり、メニューは壁に貼った大きなアクリル板に白い文字で書いてあったり、店の一角にヨーロッパ調の陶器の人形などを並べたショーケースがあったり、メニューにレモンスカッシュがあったりと、言うことなしだ。国立の邪宗門とか西荻のどんぐり舎みたいな濃厚な個性を持った店もいいけど、この「紅珠苑」のように、普通のサラリーマンなんかが一人でふらっと入るようなタイプの老舗もいいものだ。大谷君の最近の派遣労働の話など聞きながら、コーヒー2杯飲む。

東小金井に新しいマジキックハウスが出来たという事なので、ちょっと時間もあるし大谷君と顔を出すことにする。噂の「インド富士」とは反対側の北口を出て、後ろ髪をひかれる思いで新マジキックハウスへ。うらぶれた墓地の隣にひっそりと建つ、築47年の一軒家。さやさん、植野さんに迎えられ中に入ってみると、自力で改装中ということで床が思い切り板張りでブルーに塗ってあったりする。髪がボサボサで変なドクロの絵のトレーナーを着た植野さんを、ここには書けないような形容詞で呼んだりする。おもてなしで近所の店のパンとか、濃いインスタントコーヒーが出てきたり、何処の国の言語かよく分からないがテンションの高いCDを聴かされたりしつつ下らない話をして笑っていると、マジキックが花小にあった頃を妙に思い出した。結局、みんなさほど変わってないという事か。これで2階から遠藤さんとか相馬さんが降りて来たら完璧なんだけど、などと思う。これからsakanaのライヴに行くと言うと、テニスも昔対バンしたことがあるらしく、その後さやさんはマンダラに観に行ったりした時期もあったという。やっぱり東京のバンドって何かしら接触するもんなんだな。ついでに来月のRensaの話も簡単にしておく。これから家の改装を手伝うのであろう大谷君、尺八を紛失したさやさんに暇を告げ、新マジキックハウスを辞す。植野さんが買い物がてら駅まで見送ってくれた。こういうところも変わってないなと思う。

吉祥寺へ舞い戻り、マンダラ2へ。ステージのセッティングを見て、左端のカウンター席の一番ステージ側に座る。その位置からは中村達也と勝井祐二はほとんど見えないが、sakanaのお二人はしっかり視界に入るし、何より近い。前列センターのテーブル席に座ることも可能だったけど、恐らく殆どの人はファンになったばかりの僕のようなペーペーとは違って熱心な方々だろうから、あまり図々しい事をしてはいけない。

開演直前、西脇さんがご自分のセット周りを整えにちょろっと出て来られた際、こちらの方へ向かって会釈を送って下さった...ように思えたので僕も慌てて会釈したけど、僕の勘違いで誰か別の知り合いに会釈したのだとしたら物凄く恥ずかしいな...と思っているうちにライヴが始まった。

もしも僕が、西脇さんのように日頃たくさんのステージをこなしていて、その中のたった一つのライヴの前座で演奏した無名のミュージシャンの顔をちゃんと憶えていて、しかもそいつが自分のライヴを観に来たのを見つけて、ステージ上から会釈したり出来るだろうか? 少なくとも、今のところは出来たためしがない。まず、人の顔なんて滅多に憶えられないし...。ああやっぱり、あれは僕の思い違いだったのかなあ。

ライヴが始まる。1曲目の「bountifully」の最初のヴァースを聴いた時点で、今日の演奏の素晴らしさが約束されたも同然だった。ひたすら贅沢で、幸福な2時間があっという間に過ぎる。あまりに没頭し過ぎて、途中で隣に芦田君が座っていたのも気付かないほどだった(これは後でtwitterで知った)。アンガス・ヤングばりのロックスター振りを見せつけたポコペンさんと、天才としか言いようのない恐るべきフレージングの数々を繰り出し続けた西脇さんの勇姿を瞼に刻み付けて吉祥寺を後にする。

新宿へ移動。立ち食いそば屋。帰りの夜行バスの時間までまんが喫茶で休憩。twitterで芦田君とやりとりし、彼が終演後にポコペンさんに握手してもらった事を知り羨ましがる。でも岸野さんの時と同じで、仮にその場に居ても僕はたぶん全然使い物にならないだろうなあ。あれだけ一緒に過ごした工藤さんでさえ、いまだにリスペクトの念が強過ぎて、まともに会話できないぐらいだから。

高速バスの乗り場へ、発車10分前ぐらいに着く計算で向かう。が、おかしなことに思っていた場所にバス乗り場が無い。工事中なのか白い壁で塞がれている。壁には「JRハイウェイバス乗り場」と書かれた貼り紙があって矢印も書いてあるので、取り敢えずそれに従って歩いていくと、エスカレーターに行き着いた。どう考えてもこれを上がるしかないのか? エスカレーターで上がっていくと、道は2手に分かれている。まっすぐ陸橋を渡って行くと南口、左は高島屋沿いのデッキだ。一旦陸橋を渡りかけるが、すぐに反対方向を示す貼り紙を見つけ、かなり戸惑いつつ高島屋に沿って歩く。しかしまたもや右手に陸橋があり、まっすぐ行くと真っ暗だ...。とてもバス乗り場があるようには見えない。困惑した末に、たまたま姿が見えた高島屋の警備員に尋ねると、その真っ暗な方へまっすぐ行って、さらに階段を降りて線路沿いに行けば乗り場があるのだと言う。言われた通り行ってみると、確かに階段で降りられるようになってるけど、とにかく真っ暗で怖い。階段を降りると紀伊國屋の横の線路沿いの淋しい道に出る。その先を凝視すると、確かにバス乗り場があった。なんだこれ? クリント・イーストウッド流に言えば、「御婦人を一人で歩かせられないような道」だ。なんとかかんとか発車数分前に到着し事無きを得る。土壇場に頑張り過ぎた疲労も手伝って、仙台に戻るまで昏々と眠ったのだった。

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